どうでしょうか その4

○●現場の権限を拡大

企業の寿命を縮めるおそろしい大企業病を予防するためには、現場に近いところに権限と責任を委譲し、部門別または製品別の独立採算制をとることが望ましいといえます。

たとえば、大型小売店の売上げは概して伸びなやんでいるが、その中でイトーヨーカ堂は好調な売上げの伸びをみせ、小売業の収益日本一の王座を確保しています。

その好調の秘密は、「現場主義」の経営に徹し、販売の現場に責任と権限を大幅に委譲していることにあります。

具体的には、各店ごとに「売れ筋商品」と「死に筋商品」を見極めさせ、商品の仕入れの権限を各店長に委ねていることです。

各店ごとに来店客のニーズは異なります。

それを一番よく知っているのは店長および商品担当マネージャーなのですから、本社が一括して仕入れてコントロールすることをさけているのです。

どうでしょうか その3

○●現場の権限を拡大

大企業病が進行すると、変化に弾力的に対応することがむずかしくなります。

人間が肥満体になると、敏速に行動できなくなるのと同じ症状です。

さらに、本社組織が肥大になると、生産や販売の現場で発生している変化を本社が知るのに時間がかかり、本社の情報感度も鈍くなってしまいます。

このように、大企業病が企業内に浸透すると、現場で起こっている重要な変化に気付かず、変化への対応がおくれてしまうのです。

これから激変の時代が続くので、変化にスピーディーに対応できない企業は生き残れないことになります。

どうでしょうか その2

●○分社経営のススメ

日本電気、村田製作所、アルプス電気は、各地方に生産の機能だけをもつ別会社を設立することによって、設備の拡張を続けています。

これらの生産子会社は、作った製品のすべてを親会社が買いあげてくれるわけだが、価格決定権は親会社にあります。

かなりきびしい価格が設定されることになりますが、生産子会社は、コストダウンの目標を設定、それをクリアすることによって、適正利益を確保しているのです。

このような分社経営は、大企業の一部を別会社に分割することによって、中堅企業らしいチャレンジ精神とバイタリティを企業グループの中にとり入れるのが狙いなのです。

分社経営を推進することによって、企業グループ全体を活性化させ、大企業病をよせつけない企業体質づくりに成功しているのです。

どうでしょうか その1

●○分社経営のススメ

大企業病を予防するための部門別独立採算制は、分社経営なのです。

たとえば、松下電器産業では、長年にわたって製品別事業部制をとっていますが、独立の会社としてやっていけるメドがつけぽ、別会社として分離独立させる方針をとっています。

ただし、すべての製品について分社方式を考えているのではなく、家電の部品と考えられる分野を別会社にしています。

たとえば、乾電池、電子部品は、かつては松下本体の中にあったが、生産部門を松下電子部品、松下電池工業として分社しています。

販売については、松下本体の中に残してある電池事業部、電子部品事業部が担当しているのです。

昔日の九州路をたどって

九州北辺、今の福岡県の博多湾に面した地域の風景は、現在でこそ埋め立てが進み、昔日の面影はありません。

しかし、その昔、壱岐や対馬の辺境警固に向かった防人たちも同じこの海を前に心を新たにしたことでしょう。

現在も壱岐や対馬に渡るにはこの博多湾から旅立ちますが、防人たちも同じ海路を通ってそれぞれの任地に向かったはずです。

ただ残念なのは、私たちが防人の昔の道をたどろうにも、彼らの任地がほとんどわかっていないのです。

幸いなことに、防人ではない詠み手が防人の時代を詠んだ歌として、数首が万葉集に残っています。

その歌を通して防人たちが実際に活躍した九州の地を訪ねてみることにします。


沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り来ば
也良の崎守 早く告げこそ

この歌は、万葉集巻16に収集されている筑前国志賀の白水郎の歌10首の1つです。

「也良の崎守よ、鴨という船が帰ってきたら早く知らせて欲しい」という内容です。

この鴨という船には、対馬に糧食を送る大宰府の命を受けた宗形部津麻呂の代わりに、荒雄が乗っていたはずです。

しかし、荒雄は遭難していまだ戻ってはきません。

その深い悲しみを歌に託したもので、作者は山上憶良ともいわれています。

この歌を取り上げたのは、もちろん「也良の崎守」という地名で、崎守は様々な説がありますが、防人を指しているというのが一般的な解釈です。

也良というのは地名で、現在博多湾に浮かぶ能古島の北端にある也良岬のことを指しています。

おそらく防人は、この也良岬で海上の警固をしていたのでしょう。

その防人に対し、作者は「どうか一刻も早く荒雄の帰還を知らせて欲しい」と願ったのに違いありません。

防人の苦難

苦難の長旅の末に大宰府までたどりついた防人たちは、まず大宰府の防人司の配下に入れられました。

そして、さらに実際の警固にあたる九州北辺の任地に、それぞれ送られたのです。

主な任地は対馬、壱岐、唐津、糸島半島(福岡県)、博多の各地。

しかし、それらの任地は白村江の戦い以降、外敵に対する警固の最前線基地となっていました。

しかし、基地とはいっても、現在の軍事施設とは比べようもない粗末なもの。

防人たちにはそこで新たな苦難の生活が待ち受けていたのです。

saki.jpg

防人歌にみる防人たちの心情 2

妻ばかりでなく、父母を思いやる歌も防人歌には多いです。


大君の 命かしこみ 磯に触り

海原渡る 父母を置きて


作者は、助丁丈部造人麻呂(はせつかべのみやつこひとまろ)という防人です。

天皇の命を承って、磯にぶつかりそうになりながらも波の荒い海を渡り、防人として九州に向かう自分の姿を詠んでいます。

しかし、この歌でわたしたちの心をひくのは、「父母を置きて」というところでしょう。

東国の民である防人たちが朝廷に対して恭順の意を表すには、つらいことであっても防入の任務に就くことが一番でした。

だからこそ、この作者は「大君の命かしこみ」とまず詠んだのでしょうが、それだけに父母を故郷に残してきた悲哀が、歌中にかえって対照的な強さをもって響いています。

万葉集の魅力のひとつは、技巧よりも、こうした個入の素朴な感情を重視した歌が数多く集められているところにもあります。

防人歌にみる防人たちの心情

交通手段の発達していない当時のことですから、徒歩、船、そしてまた徒歩と進む防人派遣の道のりは厳しく、数ヶ月にもわたる長い旅となりました。

難波津からは朝廷の兵として食糧が配給されましたが、そこに至るまでの間の食糧は自己負担・・・。

ただでさえ貧しい農民にとってはつらい旅だったと想像されます。

さらに故郷を離れた旅路のことだから、精神状態が不安定になったり、病いで倒れる防人も多かったことでしょう。

そんなときに思い出されるのが故郷に残した家族のこと。

それは今も昔も変わりません。


我が妻も 画にかきとらむ 暇もか

旅行く吾は 見つつ偲む


この歌も万葉集巻20から、作者は物部古麻呂という防人です。

「遠く九州北辺の警固に向かう自分としては、旅先で自分の妻を描いた絵を見たいので、その絵を描く時間が欲しい」という気持ちを表現しながら、愛する妻を残してゆくことのつらさを詠み込んだものです。

百隈の道

軍防令にあるように防人として集められた兵士は、1ヶ月余りの訓練を地元で受けたのち、東国各地(伊豆、甲斐、相模、安房、上総、下総、常陸、武蔵、駿河、遠江、信濃、下野国)を出発します。

東海道あるいは東山道を、通過するそれぞれの国の国司があたった部領使に率いられて、西の難波津まで向かいました。

難波津からは朝廷の兵部省の役人に率いられて船で瀬戸内海を渡り、博多津まで輸送され、「遠の朝廷」といわれた当時の西海道の中心地、大宰府に到着しました。

難波津から大宰府へ向かう間の防人の心情を詠んだ歌として、次のようなものがあります。


百隈の 道は来にしを また更に

八十島過ぎて 別れか行かむ


万葉集巻20にある、助丁刑部直三野という防人が詠んだ歌です。

助丁とは各国の防入の軍団(平均200~300人)の中でも上級の兵士で、最高責任者国造丁の補佐役です。

「百隈の道」とは難波津までにたどってきた陸路のこと。

難波津までやっとのことで到着した作者は、「更に八十島過ぎて」と続け、再び船に乗ってたくさんの島の間を行き、さらに遠い筑紫の国に向かう自分の行く末を率直に予感しています。

防人派遣の道

闇の夜の 行く先知らず 行く吾を
いつ来まさむと 問ひし児らはも

万葉集巻20に収められている防人歌で、「闇の夜」とあるように、東国から九州へ向かう防人たちの旅は、昼夜の別なく続けられました。

「行く先知らず」と詠まれたように、派遣先への不安が素直に表現されているのも印象的です。

この歌のようにその派遣先までの旅の不安に満ちた気持ちは、防人たちに共通したものだったようです。

東国の人々にとって、筑紫(現在の福岡・佐賀・長崎県)の国は見たこともない遠い異郷の地であり、目的が軍務であることも、大きな不安材料だったに違いない。そして何よりも、西国への道のりは長くて険しかったのです。

玄界灘沿岸の警固を目的とする防人制度は、当時の基本法である「令義解」に「軍防令」として詳細が決められ、その赴任までの行程についても規程されていました。

それには、こう記されています。


辺境(国境)を守るものを防人と名づける。

防人が難波津(大阪)に至る間は、皆それぞれの国司が親身になって掌握し、世話をする。

難波の津を出発する日から、専使が掌握して大宰府に送りつけること。

また兵役の年齢は20歳から60歳までの正丁があたることになっていました。

正丁というのは、庸、調の課税を受ける男子で、ほとんどは農民です。

カテゴリー

管理人のお気に入り

BMW修理

BMW修理の専門店 株式会社SPLINE Web site

マイクロダイエット

マイクロダイエットクチコミ広場はマイクロダイエット情報の収集に特化したソーシャルブックマークサービスです。

還暦祝い プレゼント

世界でひとつの感動のオリジナル時計『しあわせの時計』です。想いをカタチにデザインします。

  • ルアー 通販
  • 広島でルアーフィッシングをお考えなら、フィードにお任せください。通販以外に店舗でも販売しています。お近くの方は一度店舗までどうぞ。ルアーフィッシング専門店ならではの品揃えです。
  • 歯医者 前橋
  • 群馬県前橋市の歯科。インプラント、審美歯科(セラミック)、義歯、補綴、一般歯科、小児歯科、顎関節症など承っております。
席札

結婚式の席札に工夫と感動を!お祝い事には厳選したグラスにサンドブラストで名入れしお贈りする、オリジナル・オーダーメイドギフトショップ[高輪クラフト]

  • 最新の水着なら
  • 水着通販ならYouいーな。かわいい水着、ビキニ、激安水着、ワンピースセットなど、お洒落な水着を格安でご提供します!
  • 大木一雄
  • 営業をアドバイスしていきます。
中古フォークリフト
中古フォークリフト販売・買取、再生バッテリー・ノーパンクタイヤ・再生プラスチックパレットなどの販売を行っております。フォークリフトのコストダウンならオフィスニーズへお任せください。

翻訳会社

翻訳サービス、通訳サービス、医学論文海外誌投稿サービスのご案内。株式会社国際事務センター(東京都中央区)。

  • クレジットカード現金化
  • アースクレジットではお客様のクレジットカードのショッピング枠を現金化して還元するサービスを行っております。キュッシュバック率は業界最高水準の97%です!リピーター率NO1を目指します!

ダイビング 東京

江東区のダイビングスクール、ダイビングプロショップ「ル・ポワソン」のホームページ。ライセンス取得、東京・伊豆でのダイビング、体験ダイビングを随時受付中!ファンダイビングや各種イベント等を開催。門前仲町駅徒歩2分。

ワイキューブ

譌?。後↓髢「縺吶k繝悶Ο繧ー

物流倉庫

ネットショップ専門の物流倉庫会社に無料で一括見積依頼できる「EC物流倉庫ナビ」!ネットショップ・通販梱包発送、発送代行、通販物流、出荷代行、物流アウトソーシングをお考えの方は、ぜひご覧ください!

茨城大学 アパート

DVDコピー

DVDコピーとCDコピー、オーサリングやプレス、制作のことなら東京ディスクセンター株式会社におまかせください。

交際クラブ

交際クラブ青山プラチナ倶楽部は、セレブな男性向け会員制高級デートクラブです。青山、六本木エリアを中心拠点として営業しております。

ハンガー

ハンガーの企画・製造・販売会社TAYAのサイトです。製造メーカーの株式会社タヤが付加価値をもった、オリジナルハンガーをご提案します。ご要望(デザイン・機能)をご連絡ください。国内生産で小ロット・短納期に対応いたします。